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福岡高等裁判所 昭和44年(く)41号 決定 1969年8月09日

申立人・被疑者 前田光雄 外一

弁護人 荒木新一 外二

主文

本件各即時抗告を棄却する。

理由

本件各抗告申立理由は、いずれも記録に編綴の被疑者前田光雄とその弁護人荒木新一連名提出の即時抗告申立書並びに被疑者前田利明とその弁護人国府敏男、同上田正博連名提出の即時抗告申立書(添付の忌避申立補充書を含む)にそれぞれ記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。

よつて記録を調査するに、原審は本件各忌避申立に対し、付審判裁判所は公判裁判所とはまつたく異質の性格を有し、その地位機能はいわば捜査官としての検察官の地位、機能に近似すること、刑事訴訟法には付審判請求事件の被疑者らが不公平な裁判をする虞があることを理由に右事件の裁判官を忌避できる旨の規定がないこと及び一般に被疑者に対し裁判官並びに検察官の忌避申立を許容する規定がないことを理由として、本件被疑者ら及び弁護人らに忌避申立権がない旨判断し、本件忌避申立を却下する旨決定したことが明らかである。

当裁判所も、刑事訴訟法第二一条は忌避申立権者として検察官又は被告人及びその弁護人のみを挙げていること、そして、右被告人のなかに被疑者(付審判請求事件の被疑者を含む)を含ましめるべき合理的理由がないことから、本件被疑者ら及び弁護人らに忌避申立権はないものと判断する。

そもそも、憲法第三七条第一項は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と規定し、しかして、刑事訴訟法は右憲法の要請に応じて、偏頗な裁判をする虞のある裁判官を職務の執行から排除するため除斥、忌避、回避の制度を設けているのである。すなわち、裁判官に偏頗な裁判をする虞のある一定の類型的事由(除斥事由)があるときは、その裁判官を法律上当然に職務の執行から排除する(同法第二〇条参照)が、検察官又は被告人及びその弁護人においても、裁判官に除斥事由があるとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、当該裁判官を職務の執行から排除するため忌避の申立をすることができ(同法第二一条参照)、更に裁判官は、忌避されるべき原因があると思料するときは、その職務の執行を回避しなければならない(刑事訴訟規則第一三条第一項参照)のである。

そして、公平な裁判所による公平な裁判の保障は、それが被告人の段階たると、被疑者の段階たるとを問わず、常に要請されるべきところであるから、除斥及び回避の制度が裁判官のすべての職務の執行について適用されることはいうまでもないところであつて、裁判官は被疑者に関する裁判に当つても、除斥事由があれば当然その職務の執行から排除され、また忌避されるべき原因があると思料するときは、自らこれを回避すべきものであつて、除斥事由及び忌避されるべき原因があるにもかかわらずなされた裁判官の職務の執行は、それが被告人に関するものであると被疑者に関するものであるとを問わず、その効力を否定されるべきものと解すべきである。

しかしながら、被告人は既に公訴を提起され、公開の法廷で訴訟当事者として公判裁判所の判決を受ける立場にある者であるのに対して、被疑者は単に公訴提起前に犯罪の嫌疑があるものとして捜査を受けている者に過ぎないから、両者の間に幾多の共通点が存するとしても、訴訟法上の取扱に差異の存することはまことに当然の事理といわなければならない。すなわち、被疑者はいまだ憲法第三七条第一項に所謂公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する被告人には該当しないから、刑事訴訟法第二一条は、被疑者に忌避申立権を与えることはいたずらに裁判事務の遅延をきたす原因ともなりかねない点をも考慮して、被疑者の段階においては、公平な裁判所による公平な裁判の保障も、一応は除斥及び回避の制度の運用にゆだね、これによつてもなお忌避されるべき原因が看過された場合においては、被疑者が他日被告人となつた段階において忌避原因があつた裁判官によつてなされた職務の執行の効力を争うことによつてこれが是正されることをもつて足るとして、忌避申立権を検察官又は被告人及びその弁護人に限定したものと解すべきであつて、刑事訴訟法第二二条の規定の趣旨からもこのことは容易に窺うことができ、右の刑事訴訟法の解釈をもつて、前記憲法の条項及びその精神に違反するものとはとうていなすことができない。

してみれば、所論の付審判裁判所の特種性と強大な権限及びその裁判の重要性等を種々考慮しても、刑事訴訟法第二一条の被告人のなかに付審判請求事件の被疑者を含ましめるべきものと解することはできず、したがつて本件被疑者ら及びその弁護人らの忌避申立を許容することはできないから、本件各忌避申立はこの点においてとうてい却下を免れず、原決定にはなんら所論のような憲法違反ないし法令の解釈適用の過誤は存しない。

そこで、本件各即時抗告はいずれも理由がないものと認め、刑事訴訟法第四二六条第一項に従つて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 山本茂 裁判官 緒方誠哉)

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